那覇からの帰り [フライト]
この日は夜18時過ぎの飛行機で、レンタカーを返して空港に送迎して貰いお土産を購入したら向かうのは空港の2Fの出発フロアーにあるフォードコートです!
ちなみに、レンタカーですがガソリンは距離で精算したら3Lしか消費していなくてレンタカー代と合計しても3500円以下におさまりました(^^)
さて那覇空港は4Fにレストランが入っていますが出発ロビーのJAL側にはロイヤルがあり、ANA側には風月のフードコートがあります。
ロイヤルで頼んだのはオリオンビールと
結構長いフランクソーセージです(^^)
その後、ANAのラウンジで飛行機を見ながらまたまたオリオンビールを飲んじゃいます(^^)
ANAのラウンジからは国際線の飛行機を見ることが出来ますが、ドラゴンエアなどの尾翼も見れます!
そして帰りの便は株主優待でお安く買ったプレミアムクラスです。
滑走路に向けて動き出すとRACのDHC-8- 100がタキシングをはじめています。
そして、ここからは居酒屋プレミアムクラスになります。
お品書きですが沖縄らしくゴーヤチャンプルーとモズクの天ぷら、そして県魚でもあるグルクンの竜田とかも書かれています。
そして実物はと言うとゴーヤチャンプルーとグルクンは見つかりましたが、モズクの天ぷらが見つからないです(笑)
そして最初はスパークリングワインから初めて
白ワイン
その後は家でも一升瓶で買っている蔓無源氏の芋焼酎を頂きました(^^)
羽田からは池袋までリムジンバスで帰るのですが、以前は羽田⇔池袋が45分以上かかっていましたが、今では首都高の山手トンネルが羽田の方まで開通したので、30分かからないで帰って来る事が出来ました(^^)
沖縄のレポでしたがわずか4時間程の見学を引っ張ってみました(笑)
原爆投下70年 [雑感]
沖縄レポの途中ですが、今年は広島、長崎に原爆が投下されてから70年
先日の6日は広島に原爆投下されて追悼が行われましたが、今日は長崎に原爆が投下された日です。
今年は4月に長崎の軍艦島リベンジで行った時に原爆資料館にも行ったので2度とこのような事が起こらない様にと思い5月に1度紹介しましたが、再度アップしようと思います。
ちなみに、半分の写真は5月に登場しましたが、新しい写真もあります。
追悼が行われる平和公園で、この噴水の前にある石碑には原爆で被災した人が喉が渇いて仕方がありませんと書かれています。
そして平和祈念像
また原爆資料館にある連続した折り鶴です。
長崎に落とされた原爆ファットマンと同じ大きさの原爆の模型で、現在では黄色に塗り直されたと先日ニュースでやっていました。
何故黄色に塗り直されたかと言うと、本来の原爆の塗装が黄色だと判り、それに合わせて塗り直されたとの事です。
また原爆が落とされた中心地から青くなっている所が爆風が広がった様子になっています。
原爆以外にも投下された爆弾なども飾られています。
しかし本当に原爆などが2度と使われることが無い事を祈りたいです。
世界では、第二次世界大戦以降も内戦や戦争が起こっていますが、この世から戦争が無くなることを希望します。
お隣の韓国と北朝鮮はいまだに戦争中で休戦状態のままです。
ちなみにご存じでしょうか、日本も戦争中の国があります!
それはセルビア・モンテネグロです。
日露戦争当時にセルビア・モンテネグロから宣戦布告を受けて、国の間では戦争状態になりましたが、ユーゴスラビアに併合されて、一旦戦線布告は無くなりましたが、ユーゴ崩壊後再び国が復活し、セルビア・モンテネグロとは戦争中の状態になっています。
戦争にはルールがあり、宣戦布告を行うと戦争となり、戦争終結には平和条約を結ぶことで戦争が終結します。
このため、隣国の韓国と北朝鮮は平和条約を結んでいないので、戦争中の状態になり、日本もセルビア・モンテネグロとは平和条約を結んでいないので、戦争中になりますが、今では「ま!いいか」状態になっていて日本からセルビア・モンテネグロに渡航できますが、内戦とかがあるので危険情報が出ていますので行くのは止めましょう(^^)
でもセルビア・モンテネグロと日本は交戦したことはありません(笑)
波之上宮から対馬丸記念館 [沖縄]
識名園から車で向かったのは県庁前から徒歩で向かっても10分程の所で、波の上ビーチのそばにある波之上宮です。
ここは沖縄のパワースポットの神社みたいで、那覇市内の人たちが初詣に訪れる場所らしいです。
車を停めて向かうと鳥居があり正面から撮影しようとも思ったのですが、この日は結婚式があるらしく正面は係員がいて車の誘導をしていたので、少し端から撮影します(^^)
鳥居をくぐり本殿に向かうと結婚式の為の巫女さんが奥にいて、左側には撮影の人もいます。
神社の本殿ですが、屋根は沖縄らしくオレンジ色の瓦になっています。
本殿ですが、中央には椅子が置かれてこれから結婚式が行われる準備が進んでいました(^^)
沖縄の神社の狛犬ですが、やはりシーサーになっています。
その後、神社の横から対馬丸記念館に向かうのですが、途中には戦争の慰霊碑もあります。
そして対馬丸記念館に到着します。
ちなみに、神社と対馬丸の場所はというと地図の左上に波之上宮があり、右下にある対馬丸記念館に向かう途中に丸い場所が慰霊碑のあった所になります。
そして対馬丸記念館ですが、沖縄から疎開する子供たち1400人以上を載せた対馬丸がアメリカの潜水艦の魚雷で沈められたと言う悲しい出来事の60年後に建てられた記念館になります。
中に展示されているのは沖縄本土決戦が行われると言う情報で疎開が決定したことや、沖縄での戦火が本当に激しかった事が説明されています。
そして当時の小学校の教室を再現した展示もあります。
また、当時の新聞が飾られていて、日本がシンガポールを陥落させた記事がかかれています。
その横には戦争で被災した事を証明する紙も飾られていました。
今年は戦後70年で、沖縄本土決戦などのテレビ番組も放送されています。
そんな年に、安全保障関連法案を決めた安倍政権や自民党は危ない方向にこの国を動かそうとしているように思えるのはどんな物か?って感じです。
識名園2 [沖縄]
前回、識名園の御殿(ウドゥン)の途中で終わりましたが、裏側の廊下を歩いていると障子が全て開いてて、そこから心字池越しの六角堂とかも見えるようになっていて、計算された庭園だと言う事が判ります。
そしてそのまま裏を進むと台所に出ますが戦後に再建されたので、土間も綺麗な状態です(^^)
そんな感じで御殿から外に出て、心字池の方に向かいます。
心字池から御殿を見ると奥には入れなかったのですが、右側の建物は戦争でも壊されなかったと思われ、屋根の色とかも再建された部分とはかなり違う事が判ります(^^)
そしてアーチ状の石橋を渡ります
石橋の上から見た御殿と六角堂でここからの風景も計算された物だと思われます。
そして六角堂ですが、近寄りすぎると全体が入らないので写真は六角堂に渡る石橋の手前から撮影してみました(^^)
六角堂を見たあとは池の周辺を見ていると紫色したトンボが沢山飛んでいましたが、初めて見るトンボでした(^^)
また花にはモンキチョウも止まっていました。
そして地面にはカタツムリもいますが、これはアフリカマイマイと言うカタツムリで絶対に触ってはいけません。
と言うのもこのアフリカマイマイには寄生虫がいてそれが人に寄生すると好酸球性髄膜脳炎を引き起こすこともあり、このカタツムリの通った後も触らない方が良いとされています。
沖縄にはアフリカマイマイが結構いろんな所にいるみたいなので、絶対に触らない様にしましょう(^^)
その後、滝口と呼ばれる水場があり、水が勢いよく流れ落ちています。
正面から見るとこんな感じですが、水の落ちる下には行くことが出来ません!
そんな感じで歩いているとこんな看板が・・・
ハブには絶対に出会いたくないですね(^^)
途中には井戸とかのあともあり、水がたまっています。
そして出口に向かう石垣の通路がありますが、この石垣にも沢山のアフリカマイマイがいました。
識名園を見学した後に向かったのはモノレールの県庁前から歩いて10分程の所にある場所に車で向かいます。
明日は広島に原爆で多大な被害を受けた日で戦後70年ですが、沖縄の最終決戦で10万人以上が亡くなっています!
次回はそんな沖縄の決戦で犠牲になったのを忘れない施設に寄ってきます!
識名園1 [沖縄]
海軍壕公園を見学したあと車で15分くらいで行けるのが識名園という場所です。
この識名園(しきなえん)は1799年に造営された琉球王家最大の別邸で、琉球王家の人々の保養や、外国使臣の接待などに利用されたとパンフレットには書かれていて、指定面積は約12,726坪と広大な敷地ですが、中の建物は殆どが第二次世界大戦で壊されてしまい、今あるのは再建された物になります。
入口には琉球王国のグスク及び関連遺産群として世界遺産に登録されている事が書かれています。
入場料を払い中に入ると、通路は舗装されていないので、雨とかだと少しぬかるむかもしれないですが、この日曇りで雨上がりの後なので足下は問題ありません。
歩いて最初に現れるのが番屋が見えて来ます。
正面からはこんな感じで、役人とかが詰めていたとの事です。
そして順路に従って歩くと正門が現れますが門とかは戦争でも破壊されなかったみたいで当時の雰囲気を残しています。
通路の途中にはガジュマル?の木が沢山生えています。
そんな木々に覆われた通路を抜けると心字池と呼ばれる池が見えてきます。
そう言えば太宰府天満宮にある池も心字池でした(^^)
池の周囲を順路通りに歩くと御殿(ウドゥン)があります。
御殿(ウドゥン)から心字池を見ると池の奥には六角堂と言う建物が見えます。
そう言えば京都に行くと六角堂の横のスタバには良く入っていました(^^)
そしてそこに向かう通路には石橋も架かっています。
そして御殿の中を見ることが出来るので入ってみることにします。
再建された建物なので内部は結構綺麗な感じです。
廊下から建物を見ますが、この窓は台風の時には閉められる雨戸が跳ね上がっている形になっています。
建物中はこんな感じで、部屋数が沢山あり小樽の鰊御殿に行ったことを思い出しました。
廊下を歩いて見学します。
部屋は立ち入り禁止の所もありますが各部屋8畳の結構広い所になります
この識名園ですが、次回に続きます(^^)
海軍壕公園 [沖縄]
前回はこの海軍壕公園の地下に降りる所で終わりましたが、今回は海軍壕公園の内部を紹介します!
この海軍壕公園ですが内部はオレンジの公開されている場所と水色の公開されていない場所で構成されています。
作られたのは第2次世界大戦の後期で、沖縄本土決戦を控えて作られたのだと思います。
最初に見るのは作戦室で、当時の作戦を立てている様子が絵で描かれていました!
そして当時の碍子なども残されていました。
その先の通路を抜けると階段で下に降りていきますがトンネルは手彫りだと言うのがよく判ります!
そして幕僚室ですが何故かここだけコケとかがあるのか緑色に写っています!
内部は縦横に通路が走っています!
その先には暗号室があり、今では機器は置いていなかったですが、ここから無線で指令を出していたのだと思います(^^)
そして突き当たりまで行き
発電機のあった発電室などを見学します!
途中には地下壕を掘った鍬とかも展示されていました。
手彫りのあとがよく判ります。
メインの通路は結構長く続いています。
そして司令室のあったところまで戻って来るとその先は出口になります。
この海軍壕公園を出たあとに向かったのは
やはり那覇市内にある識名園と言う場所ですが、こちらの紹介は次回になります(^^)